ハンス J. ウェグナーによるPP586フルーツボウルは、デンマークモダンデザインの黄金期に誕生した、彼の数多くの作品の中でも特に異彩を放つ存在です。ウェグナーが長年取り組んできた「機能と構造の調和」からあえて一歩離れ、木そのものの美しさと造形の自由を追求した彫刻的な作品として知られています。

木工旋盤によって削り出された大きなボウル部分は、手で触れると滑らかで柔らかく、木の密度や質感をそのまま感じ取ることができます。支える三脚フレームにはステンレススチールが用いられ、有機的な木と無機的な金属が絶妙なバランスで組み合わされています。直径約65cm、高さ約32cmというスケールは、ボウルとしてだけでなく、サイドテーブルとしても使用できる機能性を備えています。

この作品は1956年にヨハネス・ハンセン工房で初めて製作されました。当時はチーク無垢材を用いたごく限られた数量のみの生産で、その希少性から現在でも特別な存在として知られています。その後、1990年代に入ってからPPモブラー社が復刻を行い、素材をオークやアッシュに変更して現代の製造技術で再現しました。ウェグナーの設計思想を忠実に継承しながらも、新たな素材表現によって作品の魅力を丁寧に受け継いだ一作です。

今回入荷したお品は、2006年に製作されたデザイン50周年記念の限定モデルです。オリジナルと同じチーク無垢材が特別に使用され、世界でわずか50台のみ生産された貴重な一品となります。裏面にはハンス J. ウェグナーのサインコピーとシリアルナンバーが刻まれた記念プレートが取り付けられています。チーク材特有の温かみと光沢、そして時を重ねるごとに深まる赤褐色の変化は、この作品ならではの魅力です。さらに、本品は箱まできれいに残されたデッドストック品で、製作当時の状態を非常に良好に保っています。長年保管されながらもほとんど使用されていないため、当時の職人の仕上げや素材の質感をそのまま感じ取ることができます。

このPP586フルーツボウルは、ウェグナーが自身のデザイン哲学を解き放ち、純粋な造形美を追求した「芸術的な実験作品」といえる存在です。チーク材の経年による表情の変化や、PPモブラーによる卓越したクラフツマンシップを背景に、この限定モデルは実用性を超えたアートピースとしての価値を持ちます。空間に置くだけで、静かな存在感と温かみを感じさせる一品です。